紹介

上田一生プロフィール(2009年9月4日現在)

上田一生

  • 1954(昭和29)年、東京都出身
  • 國學院大學文学部史学科卒業
  • 現職:目黒学院高等学校教諭(教科担当:地歴公民科)
  • 1987〜1989年ペンギン基金研究員:ペンギン研究者青柳昌宏氏に師事
  • 1990年:ペンギン会議創設メンバー
  • 1990年以降:ペンギン会議研究員
  • 2006年以降:マリンピアクラブ代表(マリンピア松島水族館の愛好会)

著書・訳書・監修書籍(ペンギン関係のみ紹介)

著書
ペンギン図鑑』文渓堂、1997年
ペンギン コレクション』平凡社、1998年
ペンギンの世界』岩波新書、2001年
ペンギンは歴史にもクチバシをはさむ』岩波書店、2007年
訳書
ペンギンになった不思議な鳥』青柳昌宏と共訳、動物社、1989年
ポッパーさんとペンギン・ファミリー』文渓堂、1996年(厚生省中央児童福祉審議会推薦)
ペンギン大百科』共訳・著、平凡社、1999年
ペンギン救出大作戦』海洋工学研究所出版部、2003年
監修
ペンギンに会いに行こう!!』ペンギン・スタイル著、ソフトバンククリエイティブ、2009年

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監修、資料提供したペンギン展示施設

東京都葛西臨海水族園
ペンギン展示施設新設、資料・情報提供、1989年
神戸市立王子動物園
ペンギン展示施設部分改装・解説監修、1992年
横浜・八景島シーパラダイス
ペンギン展示施設新設、全体監修、資料・情報提供、1993〜1995年
長崎ペンギン水族館
基本計画専門委員、実施計画専門委員として全体を監修、1997〜2002年
2003年長崎市より「特別功労賞」受賞
2004〜2006年「コガタペンギン施設増設」、「ペンギングッズ資料館増設」を監修
2008〜2009年「ペンギンふれあいビーチ:人工海浜でフンボルトペンギンを展示する世界初の施設」を監修・解説
下関市立しものせき水族館 海響館
ペンギン展示施設リニューアル
基本計画専門委員として施設の全体監修、チリ政府と下関市との協定締結を仲介、2006〜2009年
マリンピア松島水族館
水族館移設に伴う新ペンギン展示施設の基本計画・実施計画を監修、2008年〜

動物園・水族館以外の自然史系博物館の展示・解説監修

  • 国立生物多様性資料館
  • 愛媛県立自然史博物館(一部、ペンギンの生態に関する展示あり)

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ペンギン関係テレビ番組の監修・出演(1988年以降の主な番組)

TBS
「新世界紀行」
「わくわく動物ランド」
「どうぶつ奇想天外」
「ニュースキャスター」
NHK
「タモリのウォッチング」
「生きもの地球紀行」
「ダーウィンが来た!」
「今日の世界」
テレビ朝日
「緑の宇宙船地球号」
「世界自然遺産」
日本テレビ
「高校生クイズ」
「所さんの目がテン!」

1988年以降のテレビ・ラジオの出演・監修・資料提供件数、合計750件以上

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執筆原稿・人物紹介・著書訳書の書評が掲載された主な新聞・雑誌

新聞
朝日新聞
毎日新聞
読売新聞
産経新聞
東京新聞
中日新聞
河北新報

毎日新聞では1994〜1996年にペンギンや動物園・水族館に関するコラムを連載。

雑誌
『アニマ』
『サイアス』
『日経サイエンス』
『子供の科学』
『どうぶつと動物園』
『週刊現代』
『FOCUS』
『FLASH』
『モーニング・ツー』
『Pen』

監修した映画:劇場公開用プログラム監修・執筆を含む

  • 『皇帝ペンギン』(2005年)
  • 『ハッピーフィート』(2006年)

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ペンギン関係の主な活動(年譜)

1970年
上野動物園で友人にペンギンについて質問され、まともに答えられなかったことをきっかけに、内外のペンギン文献の収集・読破に没頭(小学生時代から昆虫採集:特にガの採集、野鳥観察(特にサギ)をさかんに行い、各種の自然誌を定期購読していた)。
1973〜80年代
内外のペンギン展示施設(動物園・水族館)、博物館、図書館、書店を訪問。資料収集を続ける。同時に「ペンギングッズ」も収集。
1987年
ペンギン基金に参加、ペンギン研究者でありペンギン学の恩師でもある青柳昌宏氏に出会い、師事する。『ペンギンになった不思議な鳥』を共同で翻訳(1989年出版)。ペンギン基金研究員として活動開始。
1988年8月
キガシラペンギンペンギン基金研究員として第1回国際ペンギン会議(ペンギンに関する世界初の国際学会)に参加。アジア人として唯一の参加者。キガシラペンギンの生息地を初めて観察し、保全活動実情に触れる。帰国後、各種メディアを通じて、ペンギン生物学、保全活動の最新状況を報告・解説。
1988年9〜12月
キガシラペンギン(ニュージーランドの固有種で絶滅危惧種)の危機的状況を日本で初めて詳細に報告し、ペンギン基金研究員として保護キャンペーン(写真展、募金活動など)を展開。
1988年12月〜1989年1月
オークランド諸島のイワトビペンギンの個体数調査に参加。過去半世紀で約十分の一に減少していることを確認。
1989年11〜12月
東京動物園協会より「動物園ゼミナール」でペンギンに関する連続講演企画を依頼され、企画・実施・講師を担当。
1989〜90年
ペンギン会議(ペンギンの飼育技術向上、野生ペンギンの保全・研究を進める民間団体)の創設準備活動。
1991年
ペンギン会議研究員として活動開始。全国各地での講演・会合などを企画・実施。年報『The Penguin』、情報誌『ペンギン情報』を編集・発行開始。
国内で飼育・展示されているペンギンに関する現状調査を実施するとともに、特に飼育個体数が多く野生では絶滅が心配されているフンボルトペンギンについては「血統登録台帳:スタッドブック」の作成・整備と運用が必要なことを主張し、園館関係者の活動を支援。
1992年8月
第2回国際ペンギン会議(オーストラリア・フィリップ島)に参加、ペンギン会議の活動をポスター発表。
1993年12月
フンボルトペンギン第1回フンボルトペンギン生息地調査(PEREXI)を企画・実施し、チリのフンボルトペンギンを調査、現状を報告。1994年にもPEREXIIを実施。チリの研究者、飼育施設(サンチアゴ動物園など)関係者の交流・情報交換し、フンボルトペンギン保全推進のための連絡協力体制を確立していくことで合意。1995年以降、毎年1回以上、ペンギン会議関係者が現地訪問し、研究・調査活動の支援を続けている。
1994年4〜10月
毎日新聞夕刊にコラム「人鳥記〜いまペンギンは〜」を連載。ペンギンの現状と保全活動について紹介。
1994年6月
チリ産フルーツの輸入キャンペーンに協力(チリ共和国政府:農水省と日本の輸入業者グループの要請を受け、フンボルトペンギン保護推進とチリ産フルーツの輸入促進キャンペーンのため、チリのペンギンについて講演、情報提供などを行った。)
1994年7〜8月
ケープペンギンケープペンギン救護基金・救護活動を企画・実施(南アフリカのケープタウン沖で鉱石運搬船アポロ・シー号が沈没し燃料用重油が流出して深刻な油汚染が生じた事件「アポロ・シー号事件」で、重油被害を受けた多数のケープペンギンを救護し、現地NGO「南部アフリカ沿岸鳥類保護財団」を支援するために国内に募金活動を企画・実施し、約300万円を寄付。上田自身も現地に赴いて救護活動に参加)。
1995年4〜11月
毎日新聞夕刊にコラム「ペンギン通信〜続人鳥記〜」を連載。1994年の連載が好評だったため、さらに詳しくペンギンの生態・保全状況を報告した。
1995年8月
ニュージーランドで絶滅が危惧されるフィヨルドランドペンギンを調査。保全活動支援のために本で募金活動を実施し、現地研究者に寄付(約50万円)。
この時、同行したNHK取材チームによって、世界で初めてフィヨルドランドペンギンの繁殖生態を詳細に映像記録することに成功、特集番組として国内で放送されるとともに、BBCなどの海外メディアにも資料として提供された。
1996年11月
「フンボルトペンギン保護国際会議(ICCP)=フンボルトペンギン保護を目的とする世界初の国際会議」を企画・開催。この会議では、フンボルトペンギンの現状を把握し、将来の保全・救護・研究活動を推進する国際的協力体制を確立するため、生息地(チリ・ペルー)の関係者、内外の種別調整者、研究者を招き、横浜を会場に国際会議を行い共同宣言をまとめ発表した。kの成果と流れは、その後、国際ペンギン会議や国際自然保全連合(IUCN)の各種専門家会議に引き継がれ、フンボルトペンギン保全の国際的ネットワーク、基準づくりに貢献した。
1996年11月〜1997年5月
我孫子市鳥の博物館の「第21回企画展ペンギン」を監修、記念講演会を実施した。ICCPに連動し、我孫子市鳥の博物館より企画展監修・実施の依頼を受ける。博物館にて、海外の研究者と共に記念講演を企画・実施。
1996年12月〜1997年1月
毎日新聞社との共催で「ニュージーランド・ペンギン・ツアー」を企画・実施した。キガシラペンギン、ハネジロペンギンの生息地を訪問。現地、保護団体、研究者と交流、「ペンギンの森」を復元するための植樹活動を支援。
1997年8月
毎日新聞社との共催で「ペンギン王国展」を企画・実施した。ペンギンの危機的状況を訴え、保全に対する一般の理解を深めるため「115人のペンギン展(プロ作家によるイラスト展)」や「ペンギン・トラスト・コンテスト」などを企画・実施。オリジナルポストカードなどで得た収益を、ニュージーランドの「キガシラペンギントラスト」に寄付。「イラスト・コンテスト」優勝者を招待し、一般参加者とともにニュージーランドの保護団体と交流し、その活動を支援した。
1997年12月〜1998年1月
NHK南極特集番組監修・コーディネイトのため、南極ロス海域を取材班と共に調査。マクマード基地(アメリカ)、スコット基地(ニュージーランド)などを訪問、研究者と情報交換。主に温暖化とオゾン層破壊の実情と影響について確認した。
1998年9〜10月
チリ政府より「フンボルトペンギン個体数および生息地多様性評価会議」に招聘され、参加。チリ政府とIUCNが主催するフンボルトペンギン保全に関する国際専門家会議。1996年のICCPの流れを受け、保全活動の具体的行動計画を提示した。
1999年1月
『ペンギン大百科』(平凡社)を刊行。1997年以降3年をかけ、ペンギン会議スタッフや研究者とともに、最新のペンギンに関する専門的論文集・データブック(オクスフォード大学出版)を翻訳。オリジナル原稿を加え、上田が全体を監修、部分執筆、翻訳を担当。
2000年1月
ペンギン会議内に「ペンギンファンクラブ(略称PFC)」を創設、活動開始。PCJの一般会員を対象とする「ペンギン愛好家の集い」。各地の園館での観察会、「ペンギン・アート教室」などを企画・実施。
2000年7〜12月
「ケープペンギン救護募金2000」を企画・実施。「トレジャー号事件」で重油被害を受けた南アフリカのケープペンギンを救護し、現地NGOを支援するため、国内で募金活動を実施、約200万円を寄付した。
2000年12月〜2001年1月
小型調査船でマゼラン海峡を東航(西から東へ)しながら、マゼランペンギンとイワトビペンギンの生息状況を調査。
2003年7月
マリンピア松島水族館で「第1回ペンギン教室」開始(2009年7月現在、7回を数える。)
2005年5〜7月
映画『皇帝ペンギン』の日本語訳・劇場用プログラムの監修・執筆。映画会社より、リュック・ジャケ監督の作品『皇帝ペンギン』の日本語字幕・劇場用プログラムの作成・監修を依頼され、担当。
2006年6〜7月
映画『ハッピーフィート』の劇場用プログラムの監修・原稿執筆・資料提供を依頼され、担当。
2008年6月
元上野動物園園長、古賀忠通氏の遺品「古賀家資料(ペンギン飼育データを含む)」の整理・記録・保存作業を開始。
2009年4月
ペンギン情報サイト「ペンギン・スタイル」の監修開始。

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